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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)811号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡崎耕三、同田野寿、同木津恒良の上告理由について

原審が適法に確定した事実によれば、本件売買契約においては、売主たる上告人が本件建物に居住する二所帯の借家人らを立ち退かせたうえで本件土地、建物を買主たる被上告人に引き渡す約束であつたところ、上告人は、売買契約成立直後ごろ一、二度借家人に立退きを要求しただけで、その後は借家人を立ち退かせる何らの努力もすることなく放置していたものであり、他方、被上告人は、その間、しばしば右売買契約の仲介人田中幸治に対し借家人を立ち退かせて本件土地、建物を引き渡すよう上告人に催告されたい旨を依頼していたが、一向にらちが明かないところから、昭和四五年一〇月三〇日、本件土地、建物の引渡し及び所有権移転登記手続を求める本訴を提起するとともに、同日、本件売買残代金二一五万円を携えて上告人方に赴き、上告人に対し右代金を受け取るよう求めたというのであつて、かかる事実関係にある本件において、買主たる被上告人に売買契約履行の着手があつたものと解した原審の判断は、正当として是認することができる。したがつて、右履行の着手後になされた上告人主張の手附金倍戻しによる契約解除の意思表示を無効とし、被上告人の上告人に対する本件土地、建物の引渡し及び二一五万円の支払と引換えに本件土地、建物につき所有権移転登記手続を求める本訴請求を認容した原審の判断はもとより正当であつて、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。それゆえ、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一 裁判官 団藤重光)

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